DJとしての修士研究

Yuga Kobayashi
Jan 24, 2022

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*この投稿は私が所属している慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科、エクス・デザインコース(通称: XD)の最終課題を兼ねています。

*下線付きのものはリンクです。

記事開いてくださり、ありがとうございます。

こんにちは。学部時代は学生の傍ら、クラブDJとしても頻繁に活動させて頂いておりました、小林優雅といいます(過去形になっていますが先日久しぶりに現場に出させてもらいました、楽しかったです)。以前と比べたらペースはかなり落ちますが、DJとしての視点を研究に活かすため、クラブDJの活動も続けられたらと考えています。

さて今回は、前回の投稿の終盤で言及した修士研究について少し報告させて頂こうと思います。具体的には、

  • 自分がどんな意欲で研究に向き合っているのか
  • 何をやろうとしているのか
  • 参考にしている資料や先行研究について

を書かせて頂こうと思います。一部前回の投稿と被る部分もあるかと思いますが、そちらをご覧になった事がある方は飛ばしながらでも是非読んでくださると嬉しいです。

目次

  1. 研究意欲(背景、現在に至るまで)
  2. 研究目的
  3. 研究内容(プロセス、先行研究)
  4. 今後

*尚、以下では”クラブDJ”の意で”DJ”という言葉を扱わせて頂きます。

Figure.1 : Larry Levan (Mixmag Japanより)

1. 研究意欲

1.1 DJを研究対象にした背景

1.2 現在の研究内容に至るまで

1.1 DJを研究対象にした背景

二年前に投稿した私の記事を読まれた方はご存知かもしれませんが、私はDJ文化の発展を目指して日々様々な活動に取り組んでいます。それは自身がDJとして活動するのみではなく、研究者という立場での活動も含んでいます。

日本では、海外に比べてDJの文化は未だ発展途上であり、その認知率も低いように思われます。パーティーを開く事や、クラブに足を運ぶという慣習など、DJが活躍している場に触れる機会がメジャーではないこの国では仕方が無いのかもしれません。しかしながらDJというものは日々のやるせなさやストレス、どこに向けたら良いのか分からないような衝動を、絶え間なく音楽を流し続けるその演奏形式によって振り払ってくれる者達です。音楽の価値を、完成された楽曲の価値を何十倍にも高め上げ、そのDJミックスで聞き手を魅了する者達です。バンドやシンガー、オーケストラなどと変わらない、音楽の素晴らしさを伝えてくれる表現者であると同時に、聞き手と近い距離にあり、その選曲で聞き手と語り合う者達です。

この国ではまだ一部にしか浸透していないこの魅力が、このまま知られる機会が少ないまま放置されるにはもったいないと私は考えていますし、それではいけないと感じています。私がDJとしてステージに立ち、選曲し、ミックスした先に見えたお客さん達の笑顔はずっと目に焼き付いています。「人はこんなにも感情を爆発させるのか。人はこんなにも他者を巻き込む表情を見せられるのか。」

自分がフロアで他のDJのプレイを聴いていた時も、DJブースから見ていた観客達と同じ事が私に起こっていました。初めてDJプレイを聴いた時、自分があそこまで感情豊かな人間だったとはそれまで知りませんでしたし、他人と喜びを全力で分かち合える人間になれる事も理解出来ていませんでした。DJという文化に触れてから、私は大いに自分が好きになったようにも感じます。

そのような非日常的な体験と様々な気付きを与える”DJ”という文化をもっと広めたい。自身が経験した喜びを色んな人に味わって欲しい、クラブでDJプレイを楽しむ観客たちが見せたあの笑顔を、もっと沢山の人にも見せてもらいたい、その一助となれる事ならどんな事でも挑戦したいと思い、研究にもDJを落とし込む事に決めました。

1.2 現在の研究内容に至るまで

以上のような背景を踏まえ、私は徳井直生さんの元で研究に励んできました。学部時代から修士1年の春学期(昨年4月〜7月)まではDJのためになる新しい技術開発をしようと考えていたのですが、私の目標に照らし合わせ、”DJに向けた研究開発の意識提案”という方向に大きく転換しました。

詳細に関してはこの部分も前回の投稿を見て頂けたらと思うのですが、具体的に、そして端的にここでも書かせて頂きます。

まず、私の目標であるDJ文化の発展のためには、DJに対して継続的なアプローチが技術分野からも必要だと考えていました。私個人の研究だけで終わってしまってはいけない。私の後にも研究者達が続き、自己満足ではなく、しっかりとDJを意識した技術開発をしてくれなければ文化の発展後、その安定を確実なものに出来ないと思います。そう言及するのも現状、”DJ”や”for DJ”などと銘打った研究において、DJを意識したといえるものが少ないと感じたからです。

これはあくまで私の、DJ視点から見た意見であって、研究それ自体を全面的に批判する意図は無いですし、実際に社会で活きるかどうかを考えない自由な状態だからこそ研究が捗るという意見もあるかもしれません。しかし、DJ達を無視していると感じる事が技術研究を志している際に見ていた先行研究にあまりにも多かったのです。

Figure.2 : MIDI Keyboard Defined DJ Performance System

例えばこれはMIDI鍵盤でDJパフォーマンスが出来るようにした研究ですが、DJの現場で扱えるかと考えると、現実的ではありません。DJパフォーマンスの基本的なセットアップであるターンテーブル2台、ミキサー1台という構成は完全に無視されていますし、DJがプレイ中に示す動作(セットアップ、動作共にFigure.1 & 3参照)も無視されているように感じます。「DJに触れた事が無い人でも簡易的にDJミックスを体験出来るように」などを意識しているのであればまだ理解出来ますが、正直それでもDJというもの自体の解釈が誤った方向に進んでしまうように思います。

今回の記事ではあまり批判ばかりしたく無いのでこの例のみに留めますが、人工知能(AI)を用いた研究でも、DJの事を意識していないじゃないかと言いたくなる事が多いのが現状です。

そこで、私は自身のDJという経験を活かして、DJ目線から見て現状行われてきているDJに関する技術研究は実的なのかを評価し、それを通して今後のDJに対する技術開発はどういったものが求められるのかを提案するという方向を修士論文で目指す事にしました。

2. 研究目的

このような研究意欲の元で行う研究ですが、その目的とするところは、今後の研究者達がDJ関連の技術研究をする際に、DJを意識してもらう事です。

もちろん全てのDJ研究がDJに向けたものであらねばならないという事は考えていませんが、少なくとも「DJのための」「DJパフォーマンスに利用する」などと銘打った研究においてはDJの事をきちんと理解した上で、DJの意見や考えを考慮した上で開発・制作して欲しいと考えます。

DJを成長させた技術は何か、DJが喜んだ技術は何か、DJが求める技術は何か、DJが抵抗を覚える技術は何か。そういった事を私が提示する事によって、技術研究者達の研究をより有効性の高いものにしたい、そういう提示がある事によってDJ研究にもっと技術者を引き込みたい、と考えています。

Figure.3 : James Hype (discotechより)

これまでのDJ研究で言及されていたような、”DJの仕事を理解している”だけでは足りません。上図のような現代クラブDJのメジャーな機材セットでのプレイ画像を見た時に、それぞれのボタンやツマミが何を操作するものなのかを理解する事を踏まえても、まだ足りません。

それらだけではなく、機材に触れる者の思想にも研究者の目を向けさせる事、そこからどんな技術が将来有効かを提示する事が私の研究目的となります。

謂わば、今後も真にDJに活きる技術開発のための、土台造りです。

3. 研究内容

3.1 プロセス

3.2 先行研究紹介

3.1 プロセス

以上のような意欲と目的を備えた私の研究には、大きく分けて4つの段階があります。

第一に、DJ史の探求です。DJの周りで活用されてきた機材はどういうものだったのか、DJが欲した機能は何だったのか、そういった技術面でDJに貢献してきたものを改めて捉え直すための探求を、DJの発展を理解する事と共に行いました。具体的にはいくつかの文献を読む事を通して今学期前半中に終えたものですが、これは今後のプロセスの間でも逐一、論文サーベイなどを通して継続していこうと考えています。

その次に行うものが既存研究の分類です。これは私の論文が掲げる目的の対象となる”技術”研究に限ります(文系の研究は対象としない、という事です)。このプロセスは、今後の技術研究で”DJは何を求めているか”の概観を掴むためのものです。私が所属している研究室がAIと創造性をテーマとして扱っている事もあり、未来の最有力技術がAIであると仮定した上での分類を行うため、ここでの既存研究は主にAI関連事例を扱う事になります。しかし、それ以外の研究も分類対象(AIを扱っていない技術)として分類する事も必要であるかと感じています。このプロセスも第一のもの同様、今学期中にメインで進めた作業で、具体的にはAIの分類名、およびその概念構築を行なっていました。こちらは、修士論文で引用する形で分類を利用したいと考え、別の論文にまとめている最中ですので、またいずれどこかの機会で詳しくご報告出来たらと思います。

第三は、既存研究・技術の評価です。第二のプロセスで適用した分類を元に、実際に現場出演しているDJ達に協力を仰ぎ、インタビュー調査をしようと考えています。DJで扱うジャンル、経験年数問わず、現場出演の頻度も収集しながら、また、AIに対してどれくらいの理解度を保有しているかなども尋ねながら調査を行いたいと考えています。私自身の人脈のみならず、研究室に所属しているDJ達にも頼み込み、多方面の人脈からもアプローチする事が理想です。

最後に、上記三段階をベースにしたDJ x テクノロジーの意識提案です。DJはどんな技術に喜ぶのか。AIはどうしたらDJの助けになれるのか、どうしたらDJのポテンシャルを更に高めていけるのか、自身のDJとしての経験から見える知見も踏まえながらこの研究でしか扱えないレベルの深い考察を提示したいと考えています。

3.2 先行研究紹介

また、私が試みているように、”DJの視点から”を提示した論文は過去にもありました。

ここでは、Gates, Subramanian, Gutwinらが2006年に発表した研究を紹介します。

Figure. 4 : Gatesらの論文より. “DESIGN IMPLICATIONS”

彼らの問題意識も、「DJに関わる技術開発は進んでいるものの、必ずしも成功には結びついていない」とする、私と似た部分にあり、目的としたのも「ナイトクラブで起きているインタラクションの理解」を通してDJを知る、と類似しています。彼らがこの研究で取ったアプローチは、”DJと観客間に起こるインタラクションを理解する”事を通してDJの仕事を理解する糸口を得る、というものでした。実際にはカナダの様々な場所で活動する11人のDJ達にインタビュー調査を行い、DJが演奏中に観客の反応を読み取る時に抱える難点、プレイ中に絶えず集約されていく情報をDJはどう扱っているかなどをまとめ、それらを元にHCI領域においてDJの技術研究を行う際に、どのような開発意識が必要かを述べています。「DJの現状に対するリスペクトを持った技術開発を行うための意識とは何か」という提示についても言及しており、最終的にはDJ関連開発における10か条の規則なるものも提供しています。

彼らの研究では、技術開発においては「DJの邪魔を決してしてはいけない」「DJの仕事を知らなければならない」などといった、DJに対する敬意と意識が示されており、それはDJという身からしてもとても有り難く、温かく感じますし、一研究者としても、自身の研究は間違っていないのだと勇気を与えてくれるものです。私が彼らの研究を知ったのは自身の研究の方向性を定めてからであり、正直その類似性には驚きました。ただ、それと同時に、自身と似た思想を抱いた研究者達がいた事がとても嬉しかったです。

彼らは”現状の”DJ達の仕事において何が必要で、”現状の”DJ達を邪魔しない新規技術はどうあるべきで、そのためにはどんな意識が必要かを提示しました。そしてその差別化として、現段階で私は”未来に”DJが欲するものを提示しようとしている、”これからの”DJとテクノロジーはどう関わり合うべきかという、未来に重点を置いている点のみにしか明確な差異が見出せていないため、これから更にGatesらの研究との差別化を図っていく事も課題になるのだろうと感じています。

また、彼らが提示した「DJ開発における10か条」の言及も、私の研究及び修士論文内できちんと取り上げ、活かしていきたいところです。

4. 今後

これからも変わらず、上記のプロセスに沿って研究を進めて行く事になります。

現在は第二段階で述べた論文の執筆中であり、目標としている学会誌は提出期限の無いものですが、これをまずは早めに終え、インタビュー調査の段階へ移っていこうと思います。インタビューで扱う質問項目を案出しながら執筆を進め、4月・5月頃からインタビューを開始、そこで集めた情報を含めながら考察を行い、修士論文の執筆に取り掛かって行きたいです。

今回の記事はこれで以上となります。

最後になりますが、もし何かご意見等ありましたら、何でも、遠慮なくコメント頂けたら嬉しいです。

貴重なお時間を割いてここまで読んで頂き、ありがとうございました!

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